ちょうど今読んでいる『支配の構造』(SB新書)の中に出てくるネイション
――血縁でない見知らぬ者たちとのつながり。僕らはネイションなんだ。
さすが人海戦術で、散らばっていたガラス片や諸々の家具が片付いていく。


破壊のすさまじさも、次第に明らかとなる。


大まかに片付け終わったころ、長男坊から携帯にTEL。
続いて次男坊、三男坊からも……実情を話すと、
みな休みをとり、来てくれるという。心細さがじんわり解消する。
【9月10日・午前9:30】
昨日、同じ町内に住むSu君にTELして、今後のことを相談していた。
とにかく早急に、むき出しとなった東側の屋根へ、ブルーシートを掛けなきゃならない。
建築士である彼のことがすぐ頭に浮かんだ。
Su君とは不思議な関係で、僕が初めて赴任した学校の卒業生。
こんな遠くで出会えたのも何かの縁――というより、彼にとっては何んとも迷惑? (笑)
一緒に酒を飲んだり、今回のように相談事をしたり、助けてもらっている。
陶芸家のBさん夫妻もそうだけれど、Su君夫妻も、
こんな辺境の地に住む老人二人暮らしにとっては、何かと心強い助っと。
……というわけで、今回も知り合いの業者を誰か紹介してもらうおうとTELしたのだ。
やれやれ(笑)
ところが、「僕やりますよ」という、うてば響くような返答。
こんなところが嬉しいんだよね、Su君は。すぐさま、明日からの段取りをつけてくれた。
ホッ。持つべきものは同窓だな。これもネイション?

残暑の厳しい日差しの下で、
ブルーシートを張る下地作りが始まった。
休みの取れた次男坊がSu君の手助けをする。
僕は高所恐怖症なので、ただ見ている(笑)
どんどん仕事がはかどり、
午前中にはほとんど完成した。
彼らが汗だくで働くわきで、
僕はずぶ濡れの布団を干す。
いろいろの事が複雑に入り混じって起きているけれど、
一つ一つほどき解決していくしか、方法はない。
午後、隣町から数時間かけ長男坊家族がたどり着く。
って、「たどり着く」という表現がぴったりなんだよね。
いたるところ通行止め、また、いたるところ渋滞で、交通事情もめちゃくちゃみたいだ。
彼の所は、停電しているものの水は出るらしい。ここより状態がいいだろう。
かみさんをしばらく預かってもらうことにした。
「親父も来いよ」と言ってくれたけれど、これでも一応世帯主なので(笑)、
傷ついた家を夜だけとはいえ独りぼっちにはできない。
【9月11日・午前8:30】
今日も晴。晴れるのは嬉しいけれど、残暑も厳しく屋根での作業はしんどいだろう。


いよいよブルーシートを張る段階になり、長男坊と三男坊がSu君のアシスト。
もう一方で倒れた菩提樹を処理しないと西側の作業がまったくできない。
ここはBさんと次男坊がチェーンソウ・ワークよろしく大木を切り分けていく。
息子たちには初めての体験ばかり。
三男坊曰く「面白いなぁ」おいおい、親父の不幸で学習するなよな(笑)
次男坊は消防士なのでチェーンソウ・ワークは研修したみたいだけれど、
倒木の処理には特別な技術がいる。
その微妙なテクニックにすっかり魅せられたみたいで、Bさんに弟子入りする勢い。
これもまた「塞翁が馬」って事なんだろう。
陶芸教室の長老、Aさんも駆けつけてくれた。
とにかく彼は働き者で、熱中症は気がかりになったけれど、
庭に散乱している木くずや、断熱材を集めてもらった。こちらは僕がお手伝い。
「顔で笑って心で泣いて」の被災者にとり、
まわりの方たちに動いて頂けるのがどんなに心強く嬉しいことか、改めて思い知らされた。
それはちょっと葬式にシチュエーションが似ている。
顔の広い彼には、施工業者まで紹介してもらった。これで、ようやく復活のめどが立つ。
【9月13日】

隠遁?生活もこれで五日目。かみさんは、
いまだ停電の続く長男坊の家から、
東京に住む妹の所へ……
僕は、毎日彼の所で水を汲み、風呂を借りながら、
ときどきがっつり食事をさせてもらっている。
夕方、空を見上げればすっかり秋色になっていた。
今宵は中秋の名月。
あの荒れ狂った魔王のような自然のもう一つの顔。
だからなのか、戦争のような人為的破壊にはない、何んと言ったらいいのだろう。
安らぎに似た哀しみみたいなものが滓のように残る。
そうだ。何が哀しいかと言えば、家屋が半壊したことではなく、電線がちぎれ、
水が出なくなったことでもない。
ここでの家族史を共に過ごしたあの菩提樹を失ったことなんだと気づく。
この樹は、大好きだった義父が植え、育てたものだ。
強く、優しく、そして哀しい、日本の父親像そのものだった彼の化身ともいえる大木が、
三十年余りの年月、僕ら家族を守っていてくれたに違いない。
御古屋台は、とにかく南西風が強いことで知られている。
この強風から家を守り続けていてくれた菩提樹が倒れてしまったとたん、
家は自然の猛威にさらされた。
一楽章がなければ、おそらく二、三、四楽章はなかっただろう。
こじつけかもしれないけれど、それはまた、「今度はお前が菩提樹になる番だ」と、
義父が呟いているようにも思えた。
息子たちの四人いた祖父母の中で、一番先に他界した義父。
けっきょく彼は、最も長く家族を見守り続けていたのかも知れない。
ほんとうにこれで、一つの時代が終わったのだという想いを噛みしめている。

